何気ない日常 断捨離の日々

介護と延命措置とお墓といろいろ - 四十九日の法事に参列して -

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遠からずやってくる問題

人間関係の断捨離

私たち夫婦は人間関係を断捨離しつつあります。

現在付き合いのあるのは、勤務先の人たち、先日亡くなった伯母の息子(私の従兄)家族、妻の母方の伯母三人と妻の両親くらいです。

正直言って私の従兄家族に関してはうちの側からは断捨離したいのですが、相手の方から様々な連絡があるので無下に扱う訳にもいきません。

 

また、妻の母方の伯母は2人は子供もおらず一人暮らし、1人は夫婦で住んでいるのですが一人娘が遠方に住んでいるという状態です。

近くに住んでいる親戚は私たち夫婦しかいないのでやはりこちらも断捨離することが叶いません。

 

さらに妻の両親は私の妻と義弟の2人の子供がいるのですが、義弟は遠方に住んでいるので私たち家族がいないと寂しい生活になってしまいます。

この他にも親戚はいるのですが、甲府市外に住んでいるため付き合いを断捨離させていただきました。

こうして見るとまだ断捨離の余地はありそうなのですが、うちの子供たちのことを何かと気にかけて親切にしてくださるのでこれ以上の断捨離は無理かなと考えています。

 

介護の問題

妻とよく話し合うのが、妻の両親の老後の心配です。

今のところ二人とも元気なので特に問題はないのですが、もしも将来介護が必要になった場合にどのように対処しようかということについてです。

義弟はDINKSでどうやら甲府に帰ってくる気はないようなので、いざそうなったら私たち夫婦で面倒を見る必要があります。

しかし、うちはうちですでに母の面倒を見ており、そのうえ妻の両親まで面倒を見られるのかかなり心配です。

家族みんなして妻の両親にはお世話になっているので何とかしたいという気持ちはあるのですが...

もしも介護施設に入ってもらうにしても、うちの経済力ではその資金が捻出できないように思います。

 

さらには一人住まいの伯母二人のことも気になります。

二人とも子供がおらず、すでに年金をもらう年齢になっているのでいつ介護が必要な状態になっても不思議ではありません。

 

こういったことを考えてみると、少子化の影響はすでに私たちの身にも降りかかってきており、問題が積算しているように思います。

起きてもいないことを闇雲に心配しても仕方がないとは思うのですが、いざという時のことは心配しておいて損をすることはありません。

相続の問題

妻の両親は持ち家に住んでいます。

また1人住まいをしている二人の伯母も持ち家に住んでいます。

しかし、近くに住んでいるのは私たち夫婦二人だけです。

うちも持ち家に住んでいるので、特にほかの家を必要としていません。

 

そういったことを考えると、果たして三件の家は今後誰が管理してくのだろうかという問題に行き当たります。

人の家は住んでいないとどんどんと傷んでいくと言います。

誰も住んでいない家を三件、放置しておくわけにもいきません。

となると、妻の両親や伯母が介護施設に入った時、あるいは亡くなった時に売却するしかありません。

介護施設に入るのならば、その資金として使ってもらえばいいのですが、もしも亡くなった場合には、お金が動くことになり相続の問題が発生する可能性があります。

うちは質素倹約を旨にはしていますが、別にお金にがめついわけではありません。

正直そういった面倒な問題には関わりあいたくありません。

ですが、妻の両親や伯母たちが遺言書を残しておいてくれないとうちで動かざるを得ません。

かといって、面と向かって遺言書を書いてくれという訳にもいきません。

今考えていても憂鬱になるような問題です。

墓守の問題

うちには私の祖母と父の眠るお墓があります。

一方妻の両親は別のお墓を持っています。

さらには伯母は伯母で別の墓があります。

うちの子供は2人とも女の子なので、場合によっては2人とも嫁に出てしまうかもしれません。

そうなってくると、跡をとってくれる人のいないお墓が三つもあることになります。

長女には話しているのですが、もしも娘たち2人が嫁に出てしまったならば、うちの墓は墓じまいをしてくれと言ってあります。

しかし、それ以外の二つについては今後どのようにすればいいのか皆目見当がつきません。

墓守のいない墓でも管理料などは必要になります。

これに関しても憂鬱な問題です。

 

四十九日の法要に参列して

まさかの席順

昨日、先日亡くなった伯母の四十九日の法要がありました。

お寺での法要の席順は特に決まっていなかったため、私は一番の末席に座らせていただきました。

前日少し夜遅くまで仕事をしていたため、思わず寝落ちしそうになっていたのですが何とか無事にやり過ごすことが出来ました。

 

その後、お店に移動して食事がふるまわれたのですが、その際の席順がまさかの場所でした。

喪主である従兄の斜め前。そこは問題がなかったのですが、和尚様の隣の席だったのです。

さらに献杯の発声まで頼まれてしまいました。

事前の連絡がなかったため、ぶっつけ本番の挨拶です。

葬儀の後の初七日の法要で行った親族代表の挨拶ほどではありませんが、若輩者の私は結構プレッシャーを感じてしまいました。

それでも何とか無事に献杯の挨拶も行い、食事が始まりました。

 

私は昔はかなりの酒豪だったのですが、最近は節約生活をしていたり、また片頭痛に悩まされていることもあるため、お酒からはすっかり遠ざかっています。

しかし、私のいとこは私が酒豪だったことを知っているので、「どんどん飲めよ。飲むのも供養だぞ」と言ってお酒を勧めてきます。

それだけならば適当にやり過ごすのですが、今回は如何せん座っている席が悪すぎました。

右には和尚様。左には従兄の奥さんの親せきで一番の酒豪。目の前には従兄の子供で体のでかい酒のみ。

私があまりにも遠慮していると周りの人が飲めません。

仕方がないので、頭痛が起きるのを覚悟してビールを飲みました。

 

その間は単に飲んでいたわけではありません。

和尚様と左に座っている酒豪のおじさん。前に座っている従兄の子供に喪主の従兄。

少しでもグラスやおちょこが減っているとかいがいしくお酌をしなければなりません。

さらに和尚様が話をする相手がいないので、私がひたすら和尚様の人となりや、修行の様子。宗教のあり方から人付き合いの仕方などを伺って話をさせていただきました。

ちなみに「私は不勉強なのでわからないのですが、和尚様とお呼びすればよろしいですか?」と聞いたところ、「厳密には別の呼び方がありますが、特にこだわらなくて大丈夫ですよ。」と言っていただけました。

同じ仏教と言っても様々な呼び方があるのですが、だいたいはご住職様と呼べば間違いないそうです。
(もちろん住職ではない御坊様もいるので必ずしも大丈夫という訳ではありませんが)

和尚様の話は大変勉強になり、とても楽しかったのですが、その間にも自分は飲んだふり、周りにはお酌をしなければならないので気が休まる暇がありません。

量としてはそこそこのビールを飲んだはずなのですが、まったく酔えません。

あんなに体に悪い酒の飲み方をしたのは初めてです。

延命措置

その後しばらくすると和尚様は用事があるからと言って、先にお帰りになりました。

そこでようやくプレッシャーから少し解放されて、従兄と話をすることが出来ました。

従兄が私に「おばちゃんの具合はどうだい?腰は良くなったか?」と聞いてきたので、「いやそれが、また腰の骨を骨折しちゃって来週手術することになったんだ」と伝えました。

「そうか。おばちゃんも年だからな。もう骨がスカスカなんだろ。うちの母さんもそうだったぞ」などという話になりました。

そこからいろいろな話になったのですが、その中で、

「そういえば、うちの母さんが入院していた時に、病院の先生にもし危なくなったらどうするか聞かれたぞ。」

「何せ骨がスカスカだから、いわゆる電気ショックをするとアバラを骨折するって話だった。」

「どうするかって聞かれても答えに困ったけど、そういうことならば無理をしないでくれと頼んだ。」

「そのせいで、最後の臨終のときには間に合わず死に目には会えなかったけど、もう体力が無くなった人を無理してほんのわずかの時間生き延びさせても本人もつらいよな。」

「こんなことを言っちゃなんだけど、おばちゃんももう若くないからな。そういうことも少し知っておいた方がいいぞ」

といったことを言われました。

うちの夫婦の間ではもしもお互いがそういうことになったら延命措置はしないでくれという話がついています。

しかし、母のことについては特に決めてはいませんでした。

たしかに母が骨粗鬆症なのは間違いありません。その母に何かあった時に除細動をかけたらろっ骨が折れるかもしれないとは想定外でした。

もちろん、誰についてもその場をしのいで峠を乗越し、回復の見込みがあるならば除細動をしてもらうのを断ることはしないと思いますが。

延命措置の在り方について考えさせられる一件でした。

墓石の準備

食事も終わりお開きになるときに従兄から挨拶がありました。

「今日はありがとうございました。来年のお彼岸に納骨する予定なのでその時はまたお願いします」というものです。

従兄はお墓の土地は用意してあったものの、墓石については用意してなかったため、四十九日の法要に間に合わず来年のお彼岸に納骨することになったようです。

 

うちでは祖母が亡くなって、しばらくしてから父が墓石を用意して遺してくれました。

そのため、それに関しては特に心配する必要はないのですが、一応世間の相場について帰ってから調べてみました。

もちろんピンきりなのですが、50万円から100万円くらいが一般的なようです。

もしも、墓の土地も一緒に用意するとなるとさらに費用が掛かります。

お墓があるのはありがたいのですが、いずれ墓じまいする可能性があることを考えるとあまりに高い墓石は必要ないかもしれません。

 

それにしても、私は父の遺してくれたものに頼り過ぎな気がします。

家といいお墓と言い、生活に必要なモノはたいてい父が遺してくれました。

その上さらに妻の両親も色々と面倒を見てくれるので、私の出番がないくらいです。

ありがたいのですが、一家の大黒柱としてはぽきっと折れそうな気がして少し切ない気持ちになります。

 

雑記

いつも脱線してばかりのこのブログ。

今日も四十九日の法要に参列して、人間関係を断捨離する難しさについての記事にするつもりが、いろいろと話が飛んでしまいました。

話が飛びついでにもう一つ。

昨日、四十九日の法事から帰ってきてから娘たちとスイーツを食べました。

と言っても別に新しいものではなく、先日妻が職場からもらってきた「桔梗信玄生プリン」です。

dsc_1142

本当はすぐに食べればよかったのですが、ついもったいないからと取っておいてしまいました。

で、箱から出したのがこちらです。dsc_1145せっかくなので、少し食べてみて断面も撮ってみました。

dsc_1144

私の貧乏舌ではよく分からないのですが、とてもなめらかなプリンにほんのりきな粉の香りがします。

これに黒蜜をかけると黒蜜の香りが加わっていっそう美味しくなります。

黒蜜の量を調節すれば、甘いもののあまり得意でない私でも十分おいしくいただけました。

信玄餅は有名で食べたことのある方も多いかと思いますが、こちらのプリンはそれに輪をかけた逸品です。

もし見かけたら食べてみてはいかがでしょうか?

 

今日も長文になってしまいました。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

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