断捨離の日々

エンディングノートを書いて分かったモノの価値

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モノに囲まれた自分

人間生きていくうえでモノが必要なことは当然です。

それは消耗品であったり、消費財であったり、耐久消費財であったり、不動産であったり。

その中で自分にとって本当に必要なモノに囲まれて過ごす人たちがミニマリストだと思います。

わたしもそういったミニマリストになりたいと思っていました。

 

エンディングノートを書いてみて

わたしが亡くなった後、娘たちに引き継いでほしいものを書き出してみました。

その少ないことに驚きました。

ちょっとだけの預貯金と不動産。(娘たちには不要かもしれない)お墓。外付けHDDに残った写真。
(写真も本当に残しておきたいものだけ残し断捨離して量を減らす予定です。)

これだけです。

つまり、自分の周りにあるモノで他人にとっても価値のありそうなものはそれだけだということです。

もちろん、耐久消費財や家電などで中古で売れるモノもあるとは思います。

しかし、それらは財産目録に書くほど価値のあるものではありません。

 

価値があるから必要?

資産価値があるから手元に置いといて、ないものは処分する。
それはミニマリストの基準としては明らかに間違っています。

他人の目から見て価値のあるなしではなく、今の自分にとって必要かどうか?
それがミニマリストの基準です。

たとえ他人の評価が低くても自分にとって必要なものというものは必ずあります。

エンディングノートを書いているうちに「あぁ、私が持っているものって大したものがないなぁ」となんとなく落ち込みました

しかし「いいじゃない。自分に必要なモノはもう持っているんだから。それがミニマリストだよ」と自分を慰めました。
いや、慰めたわけじゃありません。気付いたんです。

逆に「他人にはわからないだろうけど自分にとっては大変価値のあるものを持ってるんだよ。」という見方もできます。
それもミニマリストとしてありじゃないかと。
だからと言って無駄な持ち物は肯定しませんが(^^;)

 

断捨離のハードルの変化

娘たちに残しておきたいモノは決まった。
それだけは本当に手放してはいけないモノ。

あとはすべて自分が必要かどうかで断捨離する。
つまりモノの価値は自分で決める

こう考えると気が楽になりました。
少なくとも自分の持ち物に関しては断捨離のハードルががくんと低くなりました。

どうせ大したものを持っているわけじゃないんだから何を断捨離しても大丈夫。
本当に必要ならばまた手に入れればいいんだから。

よっしゃ断捨離を続けよう。
むしろその方が遺品整理の手間が少なくて済むぞ。
いつもそんなモチベーションでいるのは少し気分がブルーになるかもしれませんが(--;)

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