断捨離の日々

ミニマリストにとっての幸せとは

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ようやく家族と会話

先日家族から断捨離されたと書きましたが、その後もぎこちない関係が続いています。

長女は高校1年生の難しい年ごろなので、私との会話が少ないのはやむを得ません。
(もともと私が無口なほうでそんなに会話が多くなかったこともあります。)

次女はまだ小さいのでママにべったりです。
まだ事情がよく分かっていないので私にもある程度なついてくれてはいますが。

一方妻は使っていなかった和室を自分の部屋にすると宣言して寝室もそちらに移動したままです。

そのうち戻ってくるかなと淡い期待は持っていたのですが、昨晩私(と次女)の寝室に室内干しの用具一式を運び込んで戻ってくるスペースを完全になくしてしまいました。
どうやらこのまま戻ってくる気はないようです。

それでも最近は普段の会話はするようになりました。

私の作った夕飯も食べてくれるし、掃除したところに気づいたときには「きれいになったね」と言ってもくれます。

 

ミニマリストを目指していると言っても

私がミニマリストを目指しているからと言っても、何でもかんでも断捨離しているわけではありません。

最低限必要な衣類や調理用品、掃除用具、PC(サーバを含む)、寝具などはきちんと残してあります。(ベッドは断捨離しようか検討中ですが)

人間関係も断捨離するとは言っても認知症の母も含め家族との関係まで断捨離するつもりはありません。

ミニマリストとは言っても完全に孤独では生きていけないでしょう?

それともミニマリストを名乗るには他人との関係もすべて捨て去らなければならないのでしょうか?

 

今の私は

今の私の周りにはまだ不要なモノが残っています。

しかし、欲しいと思っているものが離れてしまっています。

このアンバランスな状態が心を不安定にします。

もともと不眠症で睡眠導入剤が手放せないのですが、最近は以前の2倍量飲んでも安定した睡眠がとれません。
(もちろん医師に処方された分量を守ってます。)

ミニマリストの方が「モノを捨ててよかった。モノを捨てて幸せになった」というのを見ますが私はまだ捨て足りないのでしょうか?

しかし私個人の持ち物はかなり限界近くまで捨ててきました。

これ以上捨てるには家族の持ち物を捨てるという禁じ手を犯さなければなりません。

あとはライフスタイルを断捨離するということかな。

毎日ルーチンワークとなった掃除とさらに追加で行う細かい掃除。
夕飯の支度。
週に2回30分だけのウェイトトレーニング。
あとは義務で行わねばならない仕事と母の相手。

いったいどこを断捨離すればいいんでしょうか?
今こうしてブログを書いている時間?
せめてそれくらいの趣味の時間はあってもいいのでは?

ミニマリストになって感じる幸せを私も手に入れることができるのでしょうか?

来週になればウェイトトレーニングもひと段落します。
来年になれば遺言書も書くことができて終活もひと段落します。

そうやってライフスタイルが落ち着いてくれば幸せを実感できるのでしょうか?

それともそもそも無いモノねだりをして今の生活で幸せが感じられないことがいけないのでしょうか?

せめて人並みに眠ることだけでもできるようになりたいものです。

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